安井かずみがいた時代 (集英社文庫)

わざわざ、安井かずみがいた時代、というタイトルであるのは、今の時代とは違っているからだと思う。この本の面白さは、時代の変化を感じることであり、不景気で暗い現代との差が大きければ大きいほど、未知の世界のようで興味深いのだ。安井かずみさんはウチの祖母と同年代なので、私はリアルタイムでの活躍は知らない。彼女の残した曲は当然聞いたことあるけど、今のように音楽性が重視される前の『歌謡曲』が生きてた時代の産物だと思う。『作詞家』という、作詞のみの職業がまだ成立した時代があったのだ。この本は、二番目の夫である加藤さんとの関係を中心に話が進んでいく。バブルの前から、海外旅行にしょっちゅう行き、パリ、ハワイ、ロス、トルコ、いろんな国を当たり前のように渡り歩き、優雅な生活が人々の羨望の的だったという。しかしよくよく見ていくと、この夫婦は理想の夫婦と言われながら、実は夫婦を演じていただけ、おしゃれな生活を窮屈に感じながら、生活そのものが作品だったようだ。誕生日プレゼントはポルシェだの、ハワイにヴィラを衝動買いしただの、ゴージャスな話がやたら出てくるが、本当の金持ちはそんなつまらない自慢話はしない。加藤さんは優しそうな夫、というコメントが目立った。私は加藤さんについても世代が違うから詳しくないが、亡くなられる前にテレビで何度かお見かけし、神経質そうな人だと感じた。最近の歌手の歌い方が気に入らないだの、まともな日本語を発音できない歌手が目立つだの、イライラした様子で話していて、キャパシティのない人だと感じた。これは自殺の直前で、実際にはもう鬱だったと聞いたことがある。本の中で、一番納得出来た章は吉田拓郎の章だった。辛辣に聞こえるが、一番本音で語っている。この章で、加藤さんがプロデュース、安井かずみさんが全詞を手がけたアルバムを吉田拓郎が出した時の話をしていた。吉田拓郎さんいわく、「もっとセクシーに！」とか色々注文をつけられたけど自分と沢田研二を混同してるんじゃないか？と感じたという。彼女の詩自体が、『前時代』のものである、と感じたといい、このアルバムは失敗だったと話していた。すなわち、彼女は時代の変化についていけなかったのではないだろうか。自分に合った時代にのみ生き、いいタイミングで亡くなった人、と感じる。彼女が現代に生きていたとしても、つまらなく感じただけだろう。かまやつひろしさんの言葉で「彼女はこんな疲弊した日本を見たくなかっただろう」とあったけれど、日本の高度成長やﾊﾞﾌﾞﾙを背景に活躍したことを考えれば、まさしくそこに尽きる。